20代最後の日に20代の10年間を振り返ってみた。

 

今日は20代最後の日。

後、数時間後には30代に突入。

時より人に言われる「顔が若いから20代前半かと思った」という、喜ばしいかどうかはさて置いて、自他ともに認める童顔な自分にもついに、年齢的には結構いい歳した大人になるのだ。

さて、年齢の区切りには「青年」は15~24、「壮年」は25~44、「中年」は45~64らしいので、青年時代を過ぎて早6年が経とうとしているのだとさ。

 

 

20代をざっくりと思い出に残っている(印象に残っている)ことを切り取って、書いてみようと思い、久しぶりに筆を執った次第である。

 

【20歳】

成人式は行ってなかった、地元には友達と呼べる友達がいなかったので不参加であった。短大時代の2年生の頃は、アバ〇〇コースというスピリチュアルな世界観にドはまりしていた時期だった、元はと言えば須藤元気さんに強烈に憧れを抱いていたことが事の発端だと感じている、お金もないが熱意と突発的なところだけはあるので、親を説得してお金を出してもらい、2週間程アメリカのフロリダ州に行ってセミナーに参加していた。費やした総合金額はおおよそ40万ぐらいしたんじゃないだろうか。

初めての彼女が出来たのも20歳の時、yahooのマッチングサイトで出会った1つ年下の女子大生、初体験もこの歳だった。4大に進学する気はあったが全く勉強をしなかったのでそのまま短大を卒業、就活をしなかったのでそのまま、フリーター生活へ突入。

派遣バイトに登録して日雇労働者経験をして、社会の底辺を味わった。ある日の工場バイトで知り合った3歳年上の女の子と交際に発展(大学生だという事を騙して)したので初めての二股をする。

 

【21歳】

父親に専門学校に行きたいとお願いし、21歳の春からまた再び学生に。

今度こそはちゃんとした仕事に就きたいと思い目標は〇〇省のレ〇ジャーにした、あまりにも勉強するモチベーションが続かず、けっこう見た目派手な感じでちゃらんぽらんな学生でのらりくらりと過ごしていたように思う。夏休みには1カ月間もの間、白馬岳の白馬山荘で住み込みでアルバイトをした。

 

 

【22歳】

春休みに友達と熊本のおばあちゃん家に行こうと思い立ち、ロードバイクで東京から走り出した。結果的に東京、神奈川、静岡、愛知、奈良、兵庫、岡山、広島を走ることができた。我ながらよくやったと思う。広島で膝が壊れて、そこからは新幹線で熊本まで上陸、その後は鹿児島の桜島ロードバイクで一周したのも良き思い出。

夏休みは石川県の白山の山小屋で約1ヶ月住み込みバイト。

就活の時期、公務員試験を専門科目だけしか頑張らなかったため不合格。

 

【23歳】

アメリヨセミテ国立公園で環境教育プログラムがあると知って1週間程、渡米。

アク〇〇レ〇ジャーに応募したが、書類選考すら通らず、そのまま訳わからん友人の訳わからん営業会社に入社。約二カ月余りで無理だと感じて辞表を叩きつけて退社、その後に就活をリラクゼーション業界に絞って2社から内定を貰う。

8月~10月の期間に日〇協でアルバイト、初めての収〇調査、過酷さを肌で実感。

ベンチャー企業に就職、初めてまともな職種にありつけた瞬間だった、田園調布に配属、同期と社内恋愛で付き合う。そこそこ楽しい時期だった。

 

【24歳】

二輪バイクの免許を取得。

入社1年目の夏頃に骨を骨折、入院&手術で労災認定されたので無職ながら月給を頂く貴重な経験をした。ちょうど、仕事をしていてもあまり身が入らない時期で、本当にやりたいことは、他にあると模索していた時期。入院期間中に意を決してもう一度公務員試験を受け直すことにした。専門学校にも特別授業を受けさせてもらった。

 

【25歳】

骨折を気づかってもらい負担が少ないとされるストレッチケアの店に配置転換を命じられた。後楽園に進出。最高の人間関係の中で仕事が充実、同僚の女の子に恋をしていた。しかし今まで最も通勤は大変だった。

長期休暇中を取って彼女と初めてのインドネシア、バリ島や大阪旅行が楽しかった。

 

 

【26歳】

親友を一方的に攻撃しまくり相手のメンタルを壊してしまう、絶縁状態を経験。

箱根でアクレンの募集があることを知り、自分史上最も力を入れて書類を作成した結果、書類審査と面接試験をクリア。ARになれることに喜んだ。

実家で愛犬を飼うことになり、兄弟でお金を出し合った。

マネジメント試験を高得点で一発合格を勝ち取り、店長として働く。その後、新宿に異動した後また店長として2月まで働く。3月は実家の最寄駅近くの店で勤務。

初ソープを経験、しかも7万円代の超高級なやつ。

箱根に引っ越し初めての一人暮らし、初めてのデスクワーク。

民間と行政の仕事のやり方が全く違うので困惑していたら半年が過ぎていった。

入省1年目の春初夏に官用車で物損事故をやらかす、修理代請求で70万程の損害を出す。

同期とお局の陰湿さに辟易した日々を過ごす。

 

【27歳】

勉強しなきゃいよいよ後がない時期に突入。しかしあまり環〇省の仕事のやり甲斐の無さに絶望、徐々にモチベーションが下がっていく。

そんな時期にも彼女をつくってしまいさらに勉強に精をだせなくなる悪循環。

この時が20代で一番、いろいろと苦しかった時期かもしれない。

更新時期が迫った時に所長からは「更新が難しい」と言われ、やけくそになりこちらから1月に退職することを決意。(在籍期間1年10カ月)

 

【28歳】

2月からは完全無職。何もかも失って、実家へと戻る。

猛烈に勉強、勉強、勉強に費やす。

国家公務員試験だけではなく、地方公務員(市、県)も独立行政法人も、とにかく専門試験が共通ならどこでも受けていた。

猛烈な勉強の甲斐あって、無事に最終合格を勝ち取る。

28歳の1年間だけは20代で唯一彼女が居ない時期だった。

 

【29歳】

新車(380万)を購入。親戚一同に盛大に祝われた。

バイトを掛け持ちしてめちゃくちゃ働いて何とか社会復帰。

3月に沖縄八重山諸島の離島めぐりで5島を制覇。なんと彼女もつくってくる。

大阪、京都と彼女とデート20代でもトップクラスに最高の時間を過ごした。

初めての東北、岩手で初勤務。仕事のイロハを22歳の先輩に教わる日々を過ごす。

ある事業で発表者に名乗り出たことが高く評価され、人事評価Sを頂く。

半年間の試用期間を終えて、本採用となり本物の国家公務員となる。

新築同様の官舎で最新の暖房器具や家具に囲まれQOLの高い日々を謳歌している。

 

 

本当にざっくばらんに記憶の断片を回収して、思いつくままに筆を走らせてみた。

20代の想い出は1冊の本でも収まらないぐらいの濃縮な人生だったように思う。

だから、本当はこんなもんじゃないのだけれど、特に印象に残ったことだけを書きだすとこんな感じになる。

 

ありがとうございました。20代の青春の日々よ。

全行程を駆け抜けてきた実感はこれと言ってないが、それでも他の人よりはアクティブに色んなことを経験した10年間であったと自負している。

 

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本当にありとあらゆることを経験できたと思う、その中で忘れ去った物もいくつもあるけど、それでも自身の血となり肉となった経験は今後の人生に必ず役に立つだろう、30代へと続く我が人生がこれまで以上に実り豊かな良き人生へなるよう一生懸命に勉強しながら時を前に前にと進ませていきたい。